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理美容界のニューウェーたち! 第1回「伝統を守り続ける改革者」木下裕章さん(1987年卒業33期生)

「理容師」になってから「美容師」になったことに大きな意味があった。

佐藤秀樹

Profile
山形県出身
93年3月 中央理美容専門学校39期卒業
93年4月 田中トシオヘアーサロン髪ing入社
03年4月 三鷹にHAIR RESORT CLIPS
       オープン(1号店)

ヘア・ワールド2004ミラノ 日本代表
クリエイティブスタイルカラー部門 金メダル 世界チャンピオン
ノルウェーカップオープ2007 総合金メダル
ドイツカップファイナル2007 総合金メダル
パリ国際理美容選手権大会2007 総合金メダル
世界理美容選手権大会2008シカゴ 日本代表 団体金メダル 世界チャンピオン

08年3月 武蔵野市に4号店オープン

・CNC本部講師競技局長
・クラシエ専任講師
・三鷹ケーブルテレビ出演
・山形さくらんぼテレビ出演
・山形新聞夕刊1面を飾る。
・読売新聞武蔵野版1面を飾る。
『きらり10代』ラジオ生出演
・スーパーJチャンネル(テレビ朝日)出演
・スーパーモーニング(テレビ朝日)生出演
・ブロードキャスター(TBS)「お父さんのための
 ワイドショー講座」出演
・王様のブランチ(TBS)「週間視聴率ランキング」
 出演
『ミニキテ』(日本テレビ)出演
・THE JAPAN TIMES(TIME OUT)

本校でのデモンストレーション
佐藤秀樹デモスト
中央校の卒業生でもある佐藤秀樹先生のデモンストレーションは、 講義も楽しく、また技術は学生がビデオに納めるほどの人気ぶり! デモストのモデルになりたい学生が多く、選抜するのにも一苦労。
CLIPS
「お店を選ぶのはお客様の自由だから」今年3月にはHAIR RESORT CLIPS 4号店もオープンした佐藤さん。人間味溢れる、本物の理容師を育てたいという佐藤さんの言葉に、理容そのものに対する大きな愛を感じた
 

これが世界大会の金メダル!
日本に7個あるうち、中央校の卒業生が4個持っている!
26期駒崎智(埼玉県出身)、39期佐藤秀樹(山形県出身)、
41期飛田恭志(東京都出身)、42期宮坂友有樹(長野県出身)

TAYAのトップとして

中学時代、実家の理容店で見た業界誌に衝撃を受けた。当時はアイパーやアイロンパーマ全盛時代で、アイロンの第一人者である田中トシオ先生が特集されていた。

「アイロンを完璧にすれば、お店も繁盛して大成功する/カット技術に加えてアイロン技術もできれば良い理容室ができる」と確信し、上京を決心。

大学進学も考えていたが、手に職をつける為に近道である専門学校への進学を選び父の母校でもある中央理美容専門学校へ入学。学校終了後、5時から7時まではクリーニング店、7時以降は居酒屋でアルバイトという過酷なスケジュール。

しかしこれらの仕事を通して、自然と接客が身についていったという。仕事後、夜遅く帰宅してからもワインディングの練習を欠かさず行い、睡眠時間を削る毎日。櫛などを作るモノづくりと経営学は好きな科目の1つだった。経営者としての視点が中学生の頃からあった事が伺える。

学生時代の意外な姿

憧れの田中トシオ先生について「髪ing」へ就職。営業主体なのでとにかく忙しかった。

「自分を表現するには、コンテストで優勝して実力を示すことだ」と思い立つ。

学生時代に田中トシオ先生が世界大会に出場しているのを見てから夢だった、世界一になるにはまず日本でチャンピオンになる事が必要だ。

よし、「なろう」。そう決意した彼が目標の第一段階である日本制覇を果たすのは、入社後5年経った頃だった。

そしてナショナルチームに入団。その3年後、ついに国際大会で種目別チャンピオンになる。「俺は絶対にチャンピオンになるんだ」そういう気持ちで休みの日もトレーニングをしていたのだ。

感性よりも“感受性” 共に創造していく“ものづくり”

その翌年、「30歳までには自分の店をもつ」という目標がちょうど叶う形となる。当時29歳。

昼間は店主として、夜はスタッフの教育、休日は講習に出掛け、その間をぬってナショナルチームのトレーニング・遠征…家族も子供もいた。自分のことで精一杯、この生活が2年も続いたのだ。

「家族やスタッフに支えられた。あの頃のような苦労は、もうこれからないだろう」と佐藤さんは言う。

ワンマンではできない・全部やっていたら大きくなれない、そう思ったとき、スタッフが育ってお店の経営が軌道にのるまでの間、一時ナショナルチームを離れる決意をしたのだった。

「スタッフや家族に支えられ、今までやってこれた。だからこれからは人のために一生懸命やろう」

 経営論と技術実習を含む総合的な教育に打ち込む。

「スタッフ一人ひとりを手塩に掛けて育てている」そう自負するだけあって、佐藤先生のお店のスタッフはみな入社1年目でコンテストで上位入賞している。

その驚異的な実績は、お店の成長を後押しした。

お店の経営も安定し、ナショナルチームへ復帰したのが2006年。2年間離れたことで、自分自身の大会への姿勢が変わったそうだ。

日本の理容が世界一というのを証明したかった。2007年には各種国際大会を総なめ。

そして今年、2008年には世界理美容選手権大会シカゴ大会で団体金メダルを取り、世界チャンピオンとなる

「理容師を増やすことが夢なんです」

そう語る佐藤さんは、今 支えてくれるスタッフが同じように独立してスタッフを育て、信頼しあえる関係になり皆が豊かになって、街の人もキレイになって…そういった良い循環関係を目指しているという。

 理容師たるもの偏ってはいけない『バランス』がなければ。

経営もパーフェクトにできて、教育も営業もパーフェクトにできて一人前だと考える。

「すごいね」と言われる事を普通にしなければ駄目という信条のもと、世界チャンピオンですらも「通過点」だと考える佐藤さん。

チャンピオンになったから満足するのではなくいつも努力し続けること、かつて彼が学生時代に目標とした田中トシオ先生が今でもそうであるように。



そんな彼だからこそ、自信を持って言える言葉なのだろう。チャンピオンになって、それからが評価なのだ。そしてそれは、将来を見据えたビジョンと、毎日の努力によって裏付けられている。

Written by Tsukimisato

●HAIR RESORT CLIPS

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